【エストニアのまとめ・前編】

そういえばエストニアのまとめをしてませんでした

というわけで、エストニアで、タリン1ヶ月、パルヌ1ヶ月、ヴィリヤンディ10ヵ月過ごしてみた感想を書いてみます

エストニアの首都タリンに到着した日は、去年2022年の2月1日。

雪がたくさん積もっていて、キャリーケースを引くのが大変だったのを覚えています

タリン空港に着いたとき

最初に住んだ場所が、balti jaama turgという大きな市場や、激安で可愛い古着が買えちゃうhumanaという古着屋さん(ドンドンダウンみたいなシステム)、大手のスーパーマーケットが2つも近くにあり、とても便利なエリアでした

朝のBalti jaam

わたしは日本にいた頃はずっと実家に住んでいたのですが、

実家が、微妙に買い物するにはアクセスが悪くて、車や自転車に乗らないと厳しい場所にあったので

家の近くで食料品や日用品が手軽に手に入る楽さにも感動していました…(←エストニア関係ない)

最初のうちは、色々とエストニアならではの食材を試したりしていました

ブラッドソーセージに挑戦して「なんじゃこりゃ…」となったり、

黒パンは本当に美味しくて、たくさん食べてました

あとhapukoor というサワークリームをスープに乗っけたり

ハーブはディルが特に人気なのか、たくさん置いてあった気がします

じゃがいもがかなり安いので、主食をじゃがいもにしようと意気込んだ時期もありましたが、やはり日本人なのでじゃがいもの消化が難しいらしくて、たくさん食べると胃腸に悪いことも体感で分かりました

2月はとにかく道がツルツルで、毎日滑って転びそうになってました

すごいなと思ったのは、現地の人が犬の散歩をさせていて、犬が凍った斜面をルンルンで下ろうとしていて、

そしたら飼い主さんが横向きになって、そのまま氷の上をするする滑りながら下りていったのです

私なんて、タリンの旧市街に向かうとき凍った斜面を、四つん這いハイハイしながら登ったこともあったのに…

↑【動画】ハイハイ後、感想聞かれて「pole viga (no matter)」て答えてるの、我ながらたくましい

街中の凍った池や水溜まりの上でも、普通の靴のままでスケートを楽しんでる人がいました

タリンの旧市街の近くの凍った池、sneli tiik(sneli pond)

タリンの旧市街や手芸屋さん(↑)を巡ったり、2人でエストニア語を勉強したり、りゅさんとたまにケンカしたり、色々しているうちに

ウクライナとロシアの関係がどんどん悪くなり、ちょうど私たちがエストニアに来て1ヶ月、3月パルヌにお引っ越しをするくらいの時期にロシアのウクライナへの侵攻が始まりました

色んな方から心配されて、連絡をもらったりしました

親からもほぼ毎日、ニュースは見ているのかとか、緊張感を持って逃げ道を確保しろとか、色々メッセージが来ていました

私は近くで大変なことが起きているのに、自分は自分のためにここにいていいのか、自分がいることで例えばウクライナからエストニアに逃げてきた人の迷惑になっていないか少し考えたりもしました

ロシアの隣の国であるエストニアは、natoに加盟していることもあると思うけれど国も国民も落ち着いていて、

侵攻が始まったあとも、ロシアに毅然とした態度を取ったり、ウクライナの人に出来ることを考えたり、とにかく落ち着いていて一歩一歩良くなるようにと動いていました

エストニアの、静かだけど物怖じせず強く意思表示している姿はすごいと思いました

日本でどんな報道をされていたのか、あまり知りませんが、エストニアの報道は、不安にさせる煽るようなものはありませんでした

私たちも、小さなことだけど、例えばエストニアはペットボトルなどをリサイクルマシーンに入れるとお金が返ってくるのですが

そこに侵攻が始まったあとに「aitan lapsi(help kids)」というウクライナの子供に寄付するボタンが新しく出来たので、

その時からエストニアを去る今年の1月まで、リサイクルのキャッシュバックは全て寄付していました

あとは、商品の裏側をよく見て、今もロシア製品やベラルーシ製品は買わないようにしています

偶然、家族で素敵な家を建てているYouTubeを見ていたら、それがウクライナの家族だったことを知り、YouTubeのコメントに「いまこの家の地下の貯蔵庫は、空襲のときの避難場所になっています」と書いてありました

そして「お願いがあります。ロシアの製品を買わないでください。ロシアを経済的に支えることをしないでください」と書いてあったのです

今まで日本で買い物してたときに、「この国の経済を応援しよう」と考えて購入したことがありませんでした

とにかく安ければ、どこ製なのかなど知らずにそれを選びがちでした

でも、この日から少し考え方が変わりました

こんなに身近に自分が出来ることがあったのかと…

日本ではあまりロシア製の物は売ってないと思いますが、ロシア以外でも、物を買うときに、その国を本当に応援していいのかと考えるのは日本でも引き続き考えたいなと思っています

日本人はすごく優しい気持ちを持っているから、何か悲しいことが起こったときに、一緒に悲しんだり心配したりするけれど、

一緒に悲しみすぎると自分の気持ちもどんどん下がってきてしまいます

なので、そういう悲しいことが起こったときは、自分の気持ちを下げすぎずに、元気な状態を保ちつつ、じゃあ自分には何ができるんだろうと考えることが一番大事なことはなのかもしれない、と、エストニアの人たちを見て思いました

話を戻すと、

パルヌはリゾート地で、海がきれいなエリアですが、私たちは寒い時期に訪れたので、シーズンではありませんでした

ところが!この寒いときもとんでもなく美しかったのです

凍った海はどこまでも歩くことが出来て、大切な人と手を繋いだり、犬を連れたり、一人でぶらぶら、みんな自由に散歩していました

ほとんど毎日凍った海の上を散歩しました

初日にりゅさんが変なところを踏んで片足が海に落ちて、寒すぎて、その場でブーツと靴下を脱いだり(氷点下に素足ウケる)

別の日も、2人で「手の指、やばくない?」と凍傷になりかけたり、、しました

それでも凍った海の上の散歩はやめられなかった!とてもドリーミーだった

またパルヌに行くことがあれば、人が集まる夏ではなく、冬に行きたい

以下、凍った海の上シリーズ ↓

氷をくり抜いて魚釣りしてたあと

↓これは全く関係ない、鳥の足跡

4月からは、ヴィリヤンディという街に来ました

4月のViljandi

お城の跡、美しくて広い湖、季節によって様々な面白い植物が見つかる自然のなかで、のびのび過ごしました

近所に自由にウォールペイントして良い場所で りゅさんが絵を描いていると、たくさんの人が声をかけてくれました

この時、「何を描いてるの?」「Rukkilill(矢車草・エストニアの国花)だよ」と言っても全く通じず、数秒の沈黙後に「ああ!RRRRRRRRukkilillね!」と返され、

そこでエストニア語で「R」の発音はめちゃめちゃ舌を巻くことが判明しました。

とても美しい絵だったのに、りゅさんが別の絵を描こうとして真っ白に塗りつぶしてしまって、冬になり寒すぎて描けなくてそのままになってしまったので、もう今はこの絵はありません

金のグラデーションがすごく美しかったです

夏は、周りの雑草に囲まれて、絵が嬉しそうでした

りゅさんが絵を描いてた時にドミノ(犬)のママが、お庭の水仙をくれたなあ

エストニアで初めての頂いたプレゼントでした、嬉しかったな

夏に移り変わる時、緑がすごく美しかった

こちらのよく分からん草は、一ヶ月後わたしの身長を超えました。私の30年…
自然の豊かさにびっくりする、東京生まれ・育ちの人たちの図

エストニア語も語学学校とか行かずに、二人で勉強がんばってました

使ってた教科書がすごくて、エストニア語しか出てこないんですよ

E nagu Eesti (E like Estonia)っていう教科書です、おすすめです

絵の癖が強いです

絶対Andres 10歳じゃねえだろという
ma pesen nägu (i wash my face) ちょっと…どうなってるん…
人間描いた人と犬描いた人、違うでしょ感

英語以外の言葉を勉強するのもとても楽しかったです

元々韓国語も習ってたり、全く分からない新しい言語を習うことは大好きで、

自分がどんどんアップデートされてく感覚があります

エストニア語は最初絶対無理だろと思いましたが、ペラペラではないものの、日常会話はギリギリまでエストニア語で頑張ったし、なんとなく簡単なものは読んで意味はわかるくらいになれたのはよかったです

他の国に訪れて、その国の言葉で話すことはとても大切だと思いました

その国の人たちに対する礼儀というか、自分ごとに置き換えて考えるとわかるのですが、

日本で「Hello」と日本語を使う気のない外国の方と、変な発音でも「コンニチハ〜」って言ってる方だったら、後者の方が日本人としては嬉しいというか、より身近に感じますよね

まあエストニア語はウムラートもありますが基本アルファベだったので、この後勉強することになるジョージア語は文字からの勉強なので…そっちの方がたいへんだったような…

家の裏手にあった大きな木

エストニアの人たちは音楽が好きです

それも本当に自然に、好きです

身近には誰でも楽しめるような音楽のイベントで溢れています

本当の音楽の在り方ってこれなんじゃないか?とも思わされました

ピアノを習いに行くとか、演奏会に足を運ぶとか、そういうのでなく、日常で自然に耳に入ってくる音楽がこんなに心地の良いものなんだと、驚きました

城の跡地にもステージがあり、
実際にViljandiで毎年開かれる大きな音楽イベント、Folk music festival で実際にこのように使われていました

自然が豊かな野外で聴く音楽は、どんな豪華なホールで聴くより心地よいです

ソ連時代、エストニアの民族音楽を歌うことを禁止されていたけれど、国民が歌の祭典でエストニア語で歌ったことで団結し、ソ連からの独立に繋がっていったことは知っていましたが

やはり行ってみないと分からないですね

歌と踊りの祭典という国規模の大きなイベントが数年おきに開催されますが、私は地元Viljandiの歌と踊りの祭典(Laul ja tantsupidu / sing and dance party)をみる機会に恵まれました

老若男女がエストニアの民族衣装を着て、踊ったり歌ったり演奏したり、生でみることができて本当に楽しかったし嬉しかったです

あとさすが電子国家と思ったのは、こういうイベント、大体必ずオンラインで無料中継してるんですよね

めちゃめちゃ高画質・いろんなアングルに本格的なカメラがあり、通信不良で途切れるとか全くありません

エストニアは、自然が大切にされているけれど、ITなど最先端な部分は技術を出し惜しみせずきちんと生活に活用されていて、個人的には日本よりクオリティが高いと思っています

日本の中抜きシステムは、出来上がるものの質を下げている気がします

エストニアはまだ国として若いからということもあると思いますが、正しい判断を少しずつ積み重ねている活気のある魅力的な国だと思いました

エストニアの人たちはそれが当たり前すぎて、その良さに気づけていないのか「どうしてエストニアに来たの?!」と聞かれることもしばしばでした

ちょーーーーっと長くなってきたので、このへんで前編ということで一回切ろうと思います。笑

後編はいつになるか分からない&多分もるしの話になっちゃうけど、またいつか書きます!

おやすみ!

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